災害の記憶を風化させない
27年。長い歳月が経ちました。
平成7年(1995年)の1月17日、明石海峡を震源としたマグニチュード7.3の巨大地震が阪神・淡路地方を襲いました。厳しい寒さが残る季節の早朝のことでした。
震災後に生まれた世代もすでに30歳に近い年頃。一般的に一世代に数えられる30年という歳月ですが、先人たちの辛い思いと悲しみ、その後を生きる私たちに残された教訓は、決して風化させてはいけないと毎年感じる今日、1月17日です。
繋げる 繋がる 繋げていく
私にとっては、中学校への入学を控えた1月でした。
当時の報道やその後の記録から目の当たりにした大きな建造物の倒壊、寸断された道路。それまでに経験した避難訓練などでは想像もつかない様相に唖然としたことを覚えています。
中学校入学と同時に、クラスで始めたのが「元気メール」。被災地の高齢者の方と手紙のやり取りを始めました。3年生の修学旅行では現地を訪れ、それまで手紙のやり取りをしてきた方と対面を果たしたのでした。
思いを届けて、心が繋がること、各地から応援、支援の輪が広がり、さらに繋げていくことの大切さを感じた中学生時代でした。
そうした経験もあって、東日本大震災の時にはオムツと毛布を救援物資の収集所へ持って行き、台風19号による千曲川決壊の時にはボランティアへ行けないかと子どもと模索しました。
幸いにも自分の身の回りは安全が確保できたからできたことですが、離れていても何か繋がることができないか、何か役に立つことができないかと考えられる人間でいたいと思うし、子どもたちにも“支え合い”“助け合い”の精神を持っていてほしいと願うところです。
フォレストモール岡谷のsonaeさん
自分の身の回りの安全を考えると、備えておきたいのが防災グッズ。岡谷市では、(株)アイ・コーポレーションさんによる防災のお店「sonae」さんで防災グッズを扱っています。
この度、同社本部近くへ移転されたとのことで、新装オープンを心待ちにしているところです。
悲しみは忘れるのではなく、その後を生きるための大切で貴重な教訓に。
その私たちの暮らしは、さらにその先の未来のための、大切な教訓になっていくのだと思います。
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